麻酔管理におけるバイタル(体温)

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麻酔下におけるバイタルの評価は重要です。
体温もその一つとなります。
通常時の体温とは区別して、麻酔下における体温管理についてまとめます。

体温

測定方法、測定部位によって異なります。
 日本手術医学会の『手術医療の実践ガイドライン』では「全身麻酔下の手術では、連続体温測定や体温管理が必要である」としています。
 日本麻酔科学会の『安全麻酔のためのモニター指針』にも「体温測定を行うこと」と記載されており、「末梢温は外気温に左右されるため核心温を測定する」あるいは「核心温と末梢温の2か所を測定する」ことが必要となります。
 したがって、理想は核心温と末梢温の 2か所を測定することとなります。

体内温度センサー

①皮膚
②胸腹部深部組織
③脊髄
④視床下部
⑤視床下部以外の脳
それぞれ約 20%ずつ中枢へ信号(温度情報)を送っています。
そして、視床下部で統合された温度情報によって体温が調整されています。

体温調節機能

たとえば、人で37.2℃より低い場合は体温調節性末梢血管収縮やシバリング(ふるえ)などが起こり、高くなれば発汗や末梢血管拡張によって熱を逃がします。
 体温調節機能は、末梢と視床下部とを結ぶ温度感受性ニューロンの刺激により、以下の3つで調節されます。
①自律性体温調節:温度を感知すると視床下部にある体温調節中枢によって熱産生(ふるえ)あるいは熱放散(蒸発、伝導、対流、放射)
②行動性体温調節:自己調節(衣服や冷暖房など)
③体性体温調節:皮膚あるいは皮下組織レベルにおける血管運動性機能、汗腺による調節

体温調節中枢の破綻

体温調節中枢が破綻する原因は以下の3つ。
①発熱:外部から体内へ細菌が侵入した場合、「サイトカイン」という物質が放出されて体温が上昇します。
熱中症などの単純に体温上昇そのものによる発熱も含みます。
②麻酔:生体の体温調節機能が減弱して変温性になるため、手術を受ける患者の体温は一般的に低下します。
③外傷:生体では「体温停滞期」という次の外傷を防ごうとする時期(-0.2℃くらいは下がる)があり、治癒期に入ると再び体温が上昇します。

麻酔下の体温調節機能

①自律性体温調節:筋弛緩薬の使用によって熱産生(ふるえ)が起こりません。
②行動性体温調節:意識がないためできません。
③体性体温調節:麻酔薬により体温閾値の差(37.0± 0.2℃)が最大 4℃まで拡大し、34.5〜 38℃では体性体温調節が行われなくなるという体温調節機構が変化してしまいます。すなわち、麻酔中は周囲の温度の影響を受けやすい状態(変温動物状態)になります。

術中体温推移

 術中体温の推移は段階的に起き、第1相は0〜1時間、第2相は1〜3時間、第3相は3時間〜。第 1相は熱の再分布による低下
第 2相は体表から外部への熱放射による低下
第 3相は熱喪失の中止

熱の再分布とは、麻酔によって交感神経系が抑制され末梢血管が拡張されることによって、中枢の熱が末梢に移動し核心温が低下することです。
 全身麻酔中の熱変動には、①対流(空気の流れによる皮膚温度の低下)、②放射(大気中に熱が伝達)、③蒸発(呼吸、開腹・開胸などにより水分が気化)、④伝導(手術台、消毒液、輸血、輸液などとの接触)があり、なかでも放射による熱喪失は麻酔によってその影響は拡大されるため、放射への対応は重要となります。

低体温

人において、低体温とは、「核心体温が36℃未満の状態」と定義されています(米国麻酔学会)。
通常時は直腸温が35℃以下で低体温と診断することも一般的です。
通常、麻酔下では高体温が問題となることは少なく、この低体温のほうが問題となることが多いです。
体温調節機能が破綻するため、外気温に近づくのが通常であるため、高体温ではなく低体温になるのがむしろ普通です。
体温が31°C以下になると筋肉の硬直や脳の活動が低下するなどの症状が、さらに30°Cで脈拍や呼吸の減少、血圧の低下などが起こり、28°Cで昏睡状態、25°Cで仮死状態、20°Cで死に至るとされています。
28℃以下では、常に心停止の可能性があります。
31℃以下では能動的な体温調節が働かなくなるため、致死的と言えます。

低体温の原因

①麻酔による再分布性低体温による核心温低下
②術中の熱伝導による熱喪失
③侵襲による内因性の発熱物質の影響で核心温のセットポイントが上昇
結果的に低体温の状態になります。

 つまり、長時間の手術や出血の多い手術では、手術侵襲による内因性発熱物質の分泌によって体温調節中枢のセットポイント(核心温= 37℃という基準)が上昇するため、核心温を37℃に保っていても十分な体温といえず、覚醒時にふるえなどが生じます。

術後低体温による悪影響

①シバリング:酸素消費量が増加(通常の4倍)する。皮膚の緊張で疼痛が増強
②覚醒不良:薬物の代謝時間が延び、覚醒が遅延
③出血:凝固能が低下して出血傾向
④感染:術後の創部感染率が増加
⑤心臓負荷の増大:心疾患のある患者は術後、心臓への負担が増加する

つまり、低体温は血小板の活性化を阻害し各種酵素活性も減少し、本来の生体機能が発揮されないことにつながる。したがって、「術中の患者の体温を正常域に保つために、各種保温・加温装置を工夫して使用することが重要である」といえる。

低体温による生理学的変化

心拍数低下:洞房結節の再分極延長に起因する。
静脈還流増加:末梢血管抵抗の増大
血管内容量低下:心房性ナトリウム利尿ペプチドの上昇と抗利尿ホルモンの分泌低下、尿細管障害などによる低体温利尿が誘発されるため
電解質の喪失:上記利尿による喪失と、細胞内移行による低下が起きる
*回復期には高Kに注意が必要
血液粘性の上昇:血液濃縮に伴う
心室頻拍、心房細動:32℃以下では体温の是正が必須で、32℃以上では、電解質補正での対応が有益
血小板機能低下:35℃以下では血小板機能の低下と、血小板数の減少が起こる
出血傾向:33℃以下になると、凝固に関わる酵素活性の低下から出血傾向が増大する
免疫低下:白血球の遊走能と貪食能の低下が起きる
     サイトカインの産生の低下、反応の抑制が起きる
耐糖能:インスリン感受性の低下、膵細胞からのインスリン分泌低下、糖代謝の低下による高血糖が助長される
熱産生反応:36.5℃以下になると、交感神経の緊張による末梢血管収縮が起き、熱の喪失防止がなされる
さらに体温が下がると、シバリングによる熱産生(2〜3倍)になる
なお、シバリングは中枢と抹消(体表)が4℃以上あると起きやすくなる
酸素需要:4〜5倍になる
薬物代謝:生体代謝率は下がるが、肝臓のCYP-P450系の代謝や胆汁の分泌も低下するため、薬物代謝遅延が起きる(34℃では、30%低下する)

加温方法

加温と輸液、電解質補正以外の治療は、完全な心停止以外は実施しない場合が多い
低血圧と徐脈は、低体温に起因しているため、これに対応したものは行わないのが原則ですが、場合によっては低用量ドパミン等カテコールアミンは許容されます

①身体の外側から温める:温風式加温システム、アンダーボディタイプの電気式ウオーマー、温水マット、電気毛布
加温効率は温風式加温システムが高いと言われる。
②身体の内側から温める:輸液製剤の加温(40〜42℃)、アミノ酸製剤の投与
③手術野からのアプローチ:洗浄液や潅流液の加温
④麻酔の軽減:低体温の原因となる麻酔そのものを減弱

復温における注意

復温速度は0.25〜0.5℃/hが推奨ではあるが、大規模な研究はないと思われる
加温・加湿した酸素などの吸気時には1〜2℃/hとすることができるとも言われています
急速な復温による以下の障害に注意する
・酸素飽和度の低下による脳の酸素需給バランスの崩れ
・頭蓋内圧亢進
・末梢血管抵抗の減少による低血圧
・末梢血管拡張による循環血流量減少性ショック(復温虚脱)
・細胞内から細胞外への移動による電解質異常
・酸素需要と二酸化炭素産生の上昇
・インスリン抵抗性の低下と、代謝の亢進による低血糖

高体温

悪性高熱症は通常、手術のための麻酔ガスに加えて、筋弛緩薬の投与を受けた後に生じます。これらの薬を初めて使用した後に悪性高熱症が生じる場合もありますが、通常は3回程度の曝露の後に発症します。悪性高熱症にかかりやすい体質は遺伝します。

悪性高熱症は、体内の塩分(電解質)バランスの崩れや、血液凝固を引き起こすことがあります。過剰な血液凝固(播種性血管内凝固症候群)によって臓器が損傷され、続いて体内の凝固因子がなくなると過剰出血が起きます。

悪性高熱症は、筋肉に重大な損傷を与えることもあります。損傷を受けた筋肉はミオグロビンを放出し、ミオグロビン尿から 急性腎障害や腎不全に至る場合もあります。死に至ることもあります。予後不良が多いです。

「麻酔中の最高体温が40℃以上あるいは最高体温は38℃以上40℃未満であるが、体温上昇率が15分間に0.5℃(1時間に2℃)以上」
上記が判断ポイントとなります。

発生自体は稀ですが、知っておくことが大事です。
豚では悪性高熱のほか、ストレス性の反応としての発熱があります。
また、小児も含めた、幼齢動物、あるいは豚(体重に対して体表面積が小さい)場合は、放熱がうまく行かず、うつ熱として発熱を示すケースがあります。
侵襲性の高い手術においても発熱が確認できた症例があるため、高体温は想定できる状態と言えます。

高体温による生理学的変化

心拍数増加:代謝の亢進による酸素要求量の増加に伴い、心拍数増加がおきる
呼吸数増加:同様に、酸素要求量の増加、また呼気による放熱のために呼吸数は増加する
静脈還流減少:末梢血管が拡張
低酸素:代謝の亢進による酸素要求量の増加と、消費の増大による。肺血流量の増加に伴う肺毛細血管通過時間短縮による拡散能低下? 一回換気量不十分?
血圧低下:末梢血管の拡張による
代謝亢進:体温が1℃上昇すると代謝が13%増加
EtCO2の増加:55を超えてくることもあるほど、酸素消費による二酸化炭素の産生がおこる
電解質:組織の低酸素化、代謝性アシドーシス、筋肉崩壊、細胞内物質の血管流入などにより高Kがおきる
腎障害:電解質の機序と同様におきる
アシドーシス:呼吸性・代謝性アシドーシスがおこる
発汗:放熱のために発汗がおきる

高体温への対応

基本的には低体温と同様の処置となります。
①身体の外側から冷やす:冷却マット、冷罨法
②身体の内側から冷やす:輸液製剤の冷却
③手術野からのアプローチ:洗浄液や潅流液の冷却
④麻酔の増加:麻酔効果による低体温効果を期待します。

解熱剤

ステロイドは除く(発熱の3大要因の1つである感染を考慮して)と以下の2つですが、仮に含めたとしても、「熱の産生を防ぐ」というのが機序であり、発汗や放熱などがないかぎりは、「下がる」ことはない。
*通常は体温調節機構が働き、正常域へと落ち着くはず!

①アセトアミノフェン
痛みのシグナルは末梢神経終末→脊髄→脳へと上行性に伝達されますが、逆に中枢側である脳から脊髄へと下行性に痛みを抑制するシグナルを伝達する経路があります。この経路のことを下行性抑制系と呼びます。アセトアミノフェンはこの下行性抑制系を活性化することで鎮痛効果をもたらすと推定されています。中枢性COX阻害に加えてカンナビノイド受容体やセロトニンを介した下行性抑制系の賦活化です。
②NSAIDs
NSAIDsはアラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することで、プロスタグランジン類の合成を抑制します。プロスタグランジンの中でも、特にプロスタグランジンE2(PGE2)は起炎物質・発痛増強物質です。NSAIDsは主にPGE2の合成抑制によって鎮痛・解熱・抗炎症作用を発揮します。

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